現代ピアノの祖スタインウェイは
彼ヘンリー・E.スタインウェイひとりでは完成する事はなかった
彼と息子達の努力と工夫による家族愛の結晶である
スタインウェイ・アンド・サンズという名こそが それを現している

19世紀中頃多くのピアノメーカーが産声を上げた 
その中でスタインウェイがこれほどまでに成功したのは
家族全員がピアノを愛していたからに他ならない


「神に愛される者は早く召される」という言葉があるが、ハインリッヒ・エンゲルハルト・スタインヴェーク(後にヘンリー・E・スタインウェイ)は神がこの世に残した一人であった。父や兄弟達と一緒に雷雨を避けていた小屋が雷に直撃されても、彼一人だけが奇跡的に生き残った。家族運に見放された彼だが、結婚後自分の子供には恵まれた。ゼーセンで5男4女に恵まれ、そのうち5男2女までが成人した。
この子供達なしではスタインウェイのピアノは生まれることはなかった。 1835年からゼーセンで始めたピアノ製造は息子たちの協力もあり軌道にのって
いたが、うち続く戦乱や不景気のため、53歳の時1850年にニューヨークに渡った。最初の数年はピアノ製造各社で彼も息子達も働いたが、 1853年自分たちの会社を設立した。 1853年はベヒシュタイン、ブリュッツナーが創業した年でもある。
彼は、息子たちがピアノを改良し、博覧会に出品し、店を拡張し、スタインウェイを発展させていくのを見守った。
ただ、彼が亡くなった時には、ニューヨークに来るきっかけを作った次男Charls G.、ピアノの改良に尽力した三男のHenry Jr.はすでにこの世にいなかった。


1836年ゼーセンの自宅の
キッチンで造られたピアノ


theodore

jr

william

C. F. セオドア・スタインウェイ
C.F.Theodore(1825-1889)

ヘンリー・スタインウェイ・ジュニア
Henry Jr.(1830-1865)

ウィリアム・スタインウェイ
William(1835-1896)